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前橋地方裁判所 昭和37年(わ)131号 判決 1963年4月03日

被告人 井田節夫

昭一四・六・一〇生 工員

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右の本刑に算入する。

押収にかかる空色ビニールコード(長さ三・〇九メーター)一本(昭和三七年押第三七号の一)を没収する。

理由

(被告人の生活環境および本件犯行に及ぶまでの経緯)

被告人は肩書住居において、井野馬太郎と井田ハナとの間に出生し、本籍地所在の中学校卒業後は昭和三〇年頃から靴下加工業工員として、佐波郡玉村町大字下新田六一一番地所在の有限会社高橋メリヤス工場に稼働してきた者であるが小学校三年生のころ水遊び中の事故のため著しい難聴状態に陥り、ために学業から遠ざかるに至り、知能の発育が遅れ、同輩等から疎外せられることも多く、ために劣等感を抱くことが多く、前記メリヤス工場に稼働する女子工員等も、被告人の名前を「せつ」と呼び捨てにしたり、耳が遠いこと等にかこつけて被告人をからかうような行動をすることがしばしばであつたため、それに憤激して女子工員を右の工場内で殴打するに至つたこともあり、又、昭和三六年一一月頃から多野郡新町所在の映画館銀勝座にしばしば映画見物に行くうち同映画館男子従業員通称「かめちやん」(二八才位)とも親しくなり、同人から女性に対する性的興味をかき立てるが如き言動を示されたり、又ストリツプ劇場にストリツプの実演を見物に行つたり等するうち、漸次女性に対する性的な興味にかられるようになり、ひそかに女の下着を盗んでこれを着用したり等(判示第二)するに至り、また同三六年一一月頃からは小遣銭を殆んどパチンコ遊戯等に費消し、日常小遣銭に窮することが多い状況であつた。

以上のような状況であつたのに加えて、当時たまたま閲覧した新聞紙により、世上に所謂「ひつたくり」(女性の手提袋等を無理に奪取してすばやく逃亡する犯罪類型)の報導記事を読んだ結果遊興費や小遣銭にするため夜間通行の婦女を襲うという方法によつて現金を入手しようと考えるに至り、後記の判示第三の被害者A女(昭和一四年八月一三日生)は被告人と中学校時代の同級生で、同女は体格も比較的に小柄であり、平素高崎市内の洋装店に店員として通勤しており、午后九時頃終業し、定期バスに高崎市内から乗車し佐波郡玉村町大字板井の崇円寺停留所に下車し同所から同町大字斎田三八八番地の自宅へ徒歩で帰宅しており、その通路にあたる箇所は夜間比較的人の往来も少く、道路の両側は水田や畑等が続いている処であるため、この附近において同女の帰途を要してその所持金等を奪取しようと企だて、あらかじめ自転車等を用意していたものである。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和三七年六月一七日夜高崎市内等でパチンコ遊技等をしたため所持金の大半を使い果たした結果夜間単身歩行中の女性を襲いその所持する金品を窃取(所謂ひつたくり)しようと企て国鉄高崎駅から高崎市南町七九番地所在の自宅へ向け帰宅途中であつた人妻渡辺順(当時四二才)を追尾し、翌一八日午前零時一五分ごろ同市南町七六番地先道路上で同女に追いつき、背後から同女の背中を手でつきとばし、同女がよろめくすきに同女の所持していた現金約三二、〇〇〇円および化粧品等合計七点在中のハンドバツク一個(時価計一三、一三〇円相当)を奪い取り、もつてこれを窃取し、

第二  同年七月九日夜群馬県多野郡新町二、一三七番地野中武久方物干場で上原千代子所有の女性用下着一枚(時価二五〇円相当)および朝岡美恵子所有の同様下着二枚(時価計三〇〇円相当)を窃取し、

第三  昭和三七年七月一一日午後九時すぎごろ自転車に乗車して前記崇円寺バス停留所付近において前記A女の帰宅途上を待ち伏せ、同所でバスを下車し徒歩にて帰宅せんとしていた同女を自転車で追尾して同日午後九時三〇分ごろ同町大字板井辰己一、二八二番地の二先道路上で同女に追いつき、自己の乗用していた自転車を同女の身体に追突させたところ同女は同所の路上に顛倒し起上る際、同女が被告人の何人なるかを覚知したことを察知したため被告人はにわかに憤激して同女の顔面を数回殴打してこれを同所路上に顛倒させたうえ、同女のスカート内に手をさしこんで強いて同女の陰部にふれ、さらに同所の道路沿いの水田内に同女を突きおとし倒れた同女の上に乗りかかつて頸部を両手で扼しつつその抵抗を排除するため同女の頭部を水中におしこみ更に道路端まで逃がれた同女のスカート内に再度前同様手をさしこんで強いて陰部にふれ、さらに同女を前示水田内にひきもどし、所持していたビニールコード一本(昭和三七年押第三七号の一)を同女の頸部に巻きつけてこれを強く絞めつつ前同様その頭部を水中に数回押し込む等の暴行を加え右暴行により同女に対し全治まで約二週間を要する頸部索溝痕右肘部切創、頭部打撲創等の傷害を負わせ、

第四  右判示第三記載の日時ごろ、前記犯行現場から逃走するに際し付近道路上に在つた右A女所有の現金七五五円、財布化粧品等合計二四点在中の手提篭一個(時価合計三、〇五五円相当)に気づくやこれを奪取し行き、もつてこれを窃取し、

たものであつて、被告人は右判示第一ないし同第四の各犯行当時いずれも心神耗弱の状態にあつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示罪となるべき事実中、判示第一、同第二および同第四の各窃盗の点はいずれも刑法第二三五条に、判示第三の強制わいせつ致傷の点は同法第一八一条、第一七六条前段に該当するので右強制わいせつ致傷の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択し、被告人は判示第一ないし同第四の各犯行当時いずれも心神耗弱の状態にあつたものであるから同法第三九条第二項第六八条第三号により右各罪の刑に法律上の減軽をし、なお以上は同法第四五条前段の併合罪であるので同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中一八〇日を右の本刑に算入し押収してあるビニールコード一本(昭和三七年押第三七号の一)は判示第三の犯行の用に供したもので被告人以外の者の所有に属しないから同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収する。

訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用してその全部を被告人に負担させない。

(公訴事実についての判断)

判示罪となるべき事実中、第三の強制わいせつ致傷の所為について、検察官は当初の起訴状において単純傷害として起訴し、後に択一的訴因を附加したものであるが、如上掲記の本件各証拠を綜合検討すると判示のように強制わいせつ致傷の事実を認定することが出来る。

しかして右認定の事実についてみるに犯行の計画性、その手段、方法、犯行態様、被害状況等から考察すれば右事実を単純傷害と解するは事案の真相を離れること甚だしきものがあり、これを肯認し難いものがある。

ともあれ、右の如く、択一的訴因の一方について有罪の認定をしたのであるから当初の傷害の訴因については特に無罪の言渡はしない。

以上の理由によつて主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本孝夫 伊沢行夫 石川哲男)

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